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東京高等裁判所 昭和32年(う)1858号 判決

控訴人 被告人 萱沼保次

弁護人 名越鉄夫

検察官 池田浩三

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣旨は末尾に添附した弁護人名越鉄夫の差し出した控訴趣意書並びに追加控訴趣意書と題する各書面記載のとおりである。

名越弁護人の控訴趣意について

被告人が昭和三十年十月二十八日午前七時三十分頃大型貨物自動車(GmC十輪車)を運転し、所謂佐久往還を北行、同往還の韮崎市藤井町坂井百三十二番地藤井巡査駐在所先の曲角で、且つ、山梨県公安委員会の「学校あり」の道路標識がある道路を通過進行したことは争ないところである。しかして、原審及び当審の現場検証の結果によれば、その曲角は韮崎駅方面から見て約百二十度の角度を以て右折しておりこれが道路交通取締法施行令第二十九条第一項にいう曲角に該ることは明らかである。

論旨は被告人は当該個所を進行するに際しては時速約十二、三粁に減速して通行し、同条のいう徐行をしたものであると主張するのでこの点について考える。

同条にいう徐行については、単に減速すれば足りるというものでないことは勿論であるが、それを如何なる程度に減速すれば徐行したことになるかは法は全く規定するところがない。法が一定の場所について徐行を要求する所以のものは、その場所が一般に交通の危険の予想される地点であり、かかる地点では、予め減速し、いわゆる急停車その他の緊急措置をなるべく有効ならしめ、停車する距離を可及的に短縮せしめ、以て交通の危険を防止しようとするにあるのであるから、この法意から見て、徐行とは、その交通危険の状況に応じ、危険発生を未然に防止するに十分な程度に速度を減じ、敏速に停車の措置をとり得るような速度で進行することを指すものというべく、その程度はその道路の広狭、見通しの難易、その他の地形、並びに当該交通機関の種類型状積載量その他諸般の状況を参酌して具体的に認定するより外はない。

前記検証の結果並びに原審並びに当審証人山田毅の供述によれば、本件の地点は、いわゆる佐久往還で、交通幅員は曲角近くで約五、五米から六米、曲角の地点で八米乃至十米、路面は平坦で未舗装であり、道路は右方(韮崎方面から見て)に約百二十度の角度で屈曲し、その曲角に添うて右側に生垣があるため曲角手前から先方への見透は極めて困難であり、かような、状況の下において、前記のとおり大型貨物車GmC(但し積載荷物は殆んどない)を運転すれば、敏速に停車の措置をとり得る速度は尠くも時速十粁以下であると認められる。

然らば、弁護人の主張するとおり被告人の当時運行した速度が時速約十二、三粁としても、法にいう徐行にあたらないことは明白であるから論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項本文により被告人に全部これを負担させるべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 加納駿平 判事 山岸薫一 判事 鈴木重光)

名越弁護人の控訴趣意

一、原裁判所ハ被告人ハ昭和三十年十月二十八日午前七時三十分頃韮崎市藤井町地内藤井巡査駐在所前附近ノ曲角ニ於テ曲角デアリ且ツ山梨県公安委員会ガ「学校アリ」ノ道路標識ニヨツテ徐行シナケレベナラナイ場所トシテ指定シタ場所を徐行セズニ普通貨物自動車ヲ運転進行シタモノデアルトノ事実ヲ証人殿岡昭六、同南場純雄、同深沢浩一、同小沢辰男、同武藤孝寿各尋問調書、検証調書、鑑定人山田毅ノ供述、被告人ノ検察官ニ対スル供述調書、被告人ノ供述等ヲ綜合シテ認定シ、道路交通取締法施行令第二九条第七二条第二号、山梨県道路交通取締規則第四条第一号、昭和三十年四月一日山梨県公安委員会告示第三号ヲ適用シテ被告人ヲ科料金五百円ニ処スル旨ノ判決ヲ言渡シタルノデアルガ右判示事実ノ認定ハ重大ナル誤認アルモノト思料ス

一、本件現場ナル韮崎市藤井町地内、藤井巡査駐在所附近ハ検証調書及附属ノ図面記載ノ如クニシテ其曲角ハ八十度近イ角度ニテ東方ニ右折シ居リ其前方ハ見透ノキカヌ場所ニテ其曲角ヲ曲ツテ初メテ前方ヲ見透シ得ルトコロニテ被告人ハ其場所ヲ時々自動車ヲ運転シテ通過シ居リ、各標識等ノ存スルコト、警笛ヲ鳴スコト、現場ハ徐行スベキトコロナルコト等現場ノ模様ヲ知悉シ居ルヲ以テ判示日時GmC型貨物自動車ヲ運転シテ前記場所ヲ通過ノ際ニハ警笛ヲ鳴シ右曲角附近ヲ徐行シタルモノニシテ其事実ハ

一、証人礁氷久雄ノ尋問調書ニヨレバ証人ガ事故現場ニ着イタ時ハ私ガ最初デ其時ニハ五、六人ノ人ガ居リタル旨及遠山木材ノ車ニハスリツプノ跡ハ大凡二尺五寸位天使園ノ車ニハスリツプノ跡ハ車ノ一倍半位右側ノブレーキハ効カナカツタ、ブレーキノ踏方ヤスリツプノ跡デ天使園ノ車ノ方ガ速度ヲ出シテ居ツタ様デアル、天使園ノ車ニ追イ越サレタ時ノ其ノ車ハ四十五キロ位ノ速力デアツタ旨及事故現場ノ制限速度ハ二十五キロガ制限速度ナル旨並遠山木材ノ車ハGmC大型デ此ノ車ノ特徴ハ十本ノタイヤデ重量モ相当アリ外部ニ与エル振動ハ大キイノデアリマス、尚速力ハ余リ出ナイ様デアリマス旨

一、証人菊見健ノ尋問調書ニヨレバ事故現場ハ当時殆ンド人通リナク天使園ノ車ハ相当速度ガ出テ居リ三十五キロカ四十キロ位出テ居ツタ証人ノ車ト天使園ノ車ト摺レ違ツタ処ハ事故現場ヨリ五、六百メートル位離レタ処デアツタ、殿岡運転手ハ技術ハ普通以下デアル車及遠山木材ノ車GmCノ十輪車デ此ノ車ハ非常ニ重量ガアリ、エンジンノ音ガ大キイ特徴アル車デアル旨並事故現場ハ制限速度区域デ二十五キロガ制限速度デアリマスガ、其処ノ角ハ普通バスノ場合ハ十五キロ位デ通ツテ居リマスガ、トラツクデモ二十キロ以上ハ出セナイト思ウ旨

一、証人遠山幸治郎尋問調書ニヨレバ、萱沼保次ガ運転スル貨物自動車ニ乗車シテ韮崎市藤井町地内ヲ通過シタコトアリ警笛ヲ鳴セノ標識ノアル処デ時速二二、三キロ位ニ落シ、駐在所ノ辺デ更ニ速度ヲ十二、三キロ位ニ落シテ徐行シテ曲角ヲ曲ツタトコロニ前方十メートル位ノ処ヲ進行シテ来ル天使園ノ車ヲ認メマシタノデ道路左側ニ寄り摺レ違ウ態勢ヲ取リマシタガ其車ノスピード早ク危険ヲ感ジタノデ萱沼ハ急ブレーキヲ掛ケ郵便局ノ入口辺デ停車シ天使園ノ車ハ其儘私達ノ車ニ衝突シタ、天使園ノ車ノスリツプノ跡ハ左側ハキイテ居ツタガ右側ハ全然キイテ居リマセンデシタ、私ノ方ノ車ノスリツプハ約一メートル位デシタ旨、云々私ノ処ノ運転手ハ天使園ノ運転手ニ警笛ヲ鳴サヌ、ブレーキモキカナイ、右側運転ヲシテ来タ云々ト怒鳴ツタノニ対シ相手運転手ハ黙ツテ居ツタ旨及私達ノ車ハ普通ノ貨物自動車ト違ツテエンジンノ音ガ大キク重量感アリ普通ニ走ツテ居ツテモ威圧ヲ一般ノ人ハ感ジル旨

一、証人藤江幸治ノ尋問調書ニヨレバ、昭和三十年十月二十八日萱沼保次ノ運転スル貨物自動車ニ乗車シ、韮崎市藤井地内ヲ通過シタコトガアルガ、藤井部落ニ入ルト同時ニ警笛ヲ鳴セノ標識ノアル処デ警笛ヲ鳴シ二十五キロ位デ走ツテ居ツタ速度ヲ十五キロ位ニ落シ徐行シテ進行シタ、駐在所ノ処ノ曲角ヲ曲ル際ニハ速度ヲモツト緩ヤカニシテ曲ツタノデス、車ガ曲ツテ前方ノ見透ガキク様ニナツタ処此方ヘ向ツテ進行スル車ガ見エタノデ、私達ノ乗ツテ居ル車ハ摺レ違ウベク把手ヲ左寄リニ一杯ニ切リ、止ル様ナ状態デ居ツタ処向ウノ車ガ早イ速度デ進行シテ来テ私ノ車ニ衝突シタル旨

一、証人由井栄太郎尋問調書中ニ、萱沼保次ノ運転スル貨物自動車ニ乗車シ、韮崎市藤井部落云々、警笛ヲ鳴ラセノ標識ノアル辺デ警笛ヲ吹鳴スト共ニ速度ヲ大体十二、三キロニ落シ緩イ速度デ駐在所ノ前ノ曲角ヲ曲リマシタ処、前方二十米位ノトコロニ此方ヘ向ツテ走ツテ来ル車ヲ認メマシタノデ私達ノ車ハ把手ヲ左側ニ一杯ニ切リ、ブレーキヲ踏ンダトコロ相手方ノ自動車ガ物凄ク早ク走ツテ来テアツト云ウ間ニ衝突シタル旨

一、証人里吉忠好ノ尋問調書ニヨレバ、私ハ昭和三十年十月二十八日萱沼保次ノ運転スル貨物自動車ニ乗車シ、韮崎市藤井町地内ヲ通過シタコトアリ、藤井駐在所ノ辺デハ相当速度ヲ緩メタ記憶アル旨及私達ノ車ハ曲角ヲ曲ル前ニ警笛ヲ鳴シタ様ニ感ジ、夫レデ曲角ヲ曲ツタノデスガ、其時向ウカラ車ガ走ツテ来タノデ私達ノ車ハ道ノ左側ニ止リ、摺レ違ウノダト思ツテ居ツタ処、向ウノ車ガポカント打突カツテ来タノデ私ハ荷台ノ後ノ方ヘヒツクリ返リ、私達ノ車ハ止ツテ居ツタコトハ確実ナル旨

一、証人小俣松雄尋問調書ニヨレバ、私ハ遠山木材ノ車ヲ追ツテ来マシタ、遠山木材ノ車ノ速度ハ駐在所ノアル部落ノ手前辺デハ十八キロ位ノ速度デ走ツテ居リマシタが云々、志村ト云ウ人ハ遠山ノ車ハ警笛ヲ鳴ラシタル旨並天使園ノ運転手ニ会ツテ聞イタラ十日位前カラブレーキガキカナカツタト云ウノデ、天使園ノ車ノスリツプノ跡ヲ見タ処左側ニハ十二米位ノスリツプノ跡ガアリ、右側ニハ運転手ノ云ツタ通リブレーキガキカナカツタラシクスリツプノ跡ガアリマセンデシタ、衝突シタ状況ハ天使園ノ車ハ右側運転シテ来タラシク道路中心ヨリ右側ニ寄ツテ居リマシタ、双方ノ車ノ右側ト右側トガ衝突シテイマシタ旨

一、証人武藤孝寿尋問調書ニヨレバ、スリツプノ跡ハタ立ノ様ナ雨ガ降ツタノデ消エテアリマセンデシタガ、天使園ノ車ノスリツプノ跡ガアツクト云ウ処ニ筋ガ引イテアリ夫レヲ測ツテ見タ処九米位アリマシタガ、其処ハ調書ニ記載シテアリマセン旨及徐行トハ危険発生ノナイ程度ノ速度ト云ウノデアリマス旨

一、証人深沢浩一ノ供述調書中、遠山木材ノ通過スルノヲ見マシタ際、其車ノ速度ハ真ニヨク判リマセヌ旨ノ供述

一、証人小沢辰男ノ供述調書中、遠山木材ノ車ガ私ノ家ノ前ヲ通過シタ時ハ先ニ通過シタバスヨリ速カツタカ、素人ノコトデ判然シタ速度ハ判リマセヌ旨

ノ各供述

一、検証調書(原審)及附属図面

ヲ綜合スレバ明白ナリトス

一、証人殿岡昭六、同南場純雄ノ各供述ニヨレバ、被告人ハ貨物自動車ヲ運転シテ判示日時場所ヲ通過スル際徐行セザルガ如ク陳述スルモ証人殿岡昭六運転ノ貨物自動車ハ道路左側ヲ進行セズ右側ヲスピードニテ進行シ来タリタル情況及同人等進行方向ヨリハ曲角アリテ被告人ノ運転情況ヲ見ルコト能ワザルコトハ前記検証調書附属図面ヲ一見スレバ明カニシテ右証人等ノ右供述及其他ノ供述ガ真実ナラザルコトハ証人菊見健、同礁氷久雄、同遠山幸治郎、同藤江幸治、同由井栄太郎、同里吉忠好、同小俣松雄ノ各供述ニヨリ明ナリト思料ス

一、鑑定人山田毅ノ供述ニヨレバ、前記現場ノ曲角ヲ時速二十数粁ニテ通過シ得ル如ク陳述スルモ証人菊見健、同礁氷久雄ノ各証言ニヨレバ、右曲角ヲ通過スル速力ハトラツクデハ二十キロ以下ニ速力ヲ落サネバ通過出来ヌトノ陳述ハ実際家ノ体験ニヨルモノニテ、理論ノミニヨルヲ得ズ、然シテ現場ノ曲角ハ殆ンド直角曲リトモ云ウベキ見透ノキカヌ場所ニテ二十数キロノ速力ニテハ其ノカーブヲ切ルコト容易ナラズ、従ツテ運転者ハ勿論他ノ乗者ノ身体ニ危険発生ノ虞レアルヲ以テ到底右ノ如キ速力ヲ出シ得ザルモノト信ズ

一、抑モ被告人ノ運転シタル自動車ハGmCト称スル貨物自動車ニテ普通ノ貨物自動車ヨリ車体長ク且大型ナル上車輪ハ十輪車ニテ非常ニ重量アリ、エンジンノ音響大ニシテ振動烈シキ特徴ヲ有スル自動車ニテ、素人ハ其音響振動等ニヨリ徐行シテモ相当速度ヲ出シ居ルモノノ如ク誤解ス

而シテ現場附近ハ前記ノ如ク藤井巡査駐在所アリ、殊ニ前方見透シノキカヌ殆ンド直角曲リトモ謂ウベキ曲角ナルヲ以テ徐行セズバ到底被告人ノ運転ノ自動車ノ如キハ通過シ得ザルトコロニシテ時速二十数キロノ速力ニテ進行セバ其カーブヲ切ルニ容易ナラザルノミナラズ、自己及乗車ノ身体ニ危険発生ノ虞レ多大ナリ、依テ被告人ハ事故発生ヲ恐レテ警笛ヲ鳴ラシ危険防止ヲ心掛ケ徐行シテ右曲角ヲ曲ルト直チニ前方ヨリ天使園ノ貨物自動車進行シ来ルヲ認メタルニヨリ直グ左側溝スレスレニ急停車ノ処置ヲ採リタルコトハ前記各証人ノ証言及スリツプノ跡ニヨリ明白ニシテ本件現場附近ハ二十五キロノ制限速度区域ナルモ右曲角ハ「バス」ナレバ十五キロ、トラツクハ二十キロ以上ノ速度ハ出セヌ場所ナルニ係ワラズ殿岡昭六ノ運転スル天使園ノ自動車ハ規則ニ違反シテ道路ノ右側ヲ猛烈ナスピード(ブレーキノ一方破損十メートル位ノスリツプノ跡アリタルニヨリ明白)ヲ出シ進行シ来タリテ正常ニ運転停車ノ体勢ヲ採リタル被告人運転ノ自動車ニ衝突セシメ、然カモ何等違反ナキ被告人ノミガ処刑セラルルト謂ウガ如キハ不可解ニシテ且ツ承服スルコト能ワザルハ勿論、被告人ハ判示日時場所ヲGmC貨物自動車ヲ運転徐行シタルモノニシテ判示ノ如キ非行ナキニ拘ラズ有之モノト認定シタル原審判決ハ重大ナル事実誤認ト思料ス

依テ原判決ヲ破棄シテ被告人ニ対シ無罪ノ判決ヲ仰ギ度ク茲ニ控訴ノ趣意書提出致ス次第ナリ

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